食産業庁構想と、次の世代へのエール
全3回の最終回。旅館には旅館業法があり、市場には市場法がある。しかし外食産業には、その産業を規定する法律がありません。食団連が掲げる「食産業庁」構想の本質と、AI時代に外食が担う役割。そして、若い飲食人へのエール。聞き手は居酒屋甲子園9代目理事長・和田裕直氏。
所管が、五つに分かれている
和田:最後に、食産業庁の設立に向けて食団連の皆様が活動されている中で、髙橋さんが思う食産業の未来への展望を聞かせてください。
髙橋専務理事:いま国は、映画やマンガ、ゲームといったコンテンツ産業の分野を束ねて支援する枠組みを進めていますが、そのどれにも食産業は関わってくると思っているんですよね。
でも残念なことに、食産業は所管がバラバラなんです。調理師免許や店の営業許可は厚生労働省が出す。所管官庁で言うと農林水産省なので、農水省が外食に対する支援策を考える。でも経済対策となると中小企業庁、経済産業省になるでしょうね、という形になる。観光とくっつけば観光庁の話にもなる。
僕たちが作りたい食産業庁っていろいろ想像するんですけど、大事なことは、経産省のような「省」を作ることではないんです。
必要なのは、庁舎ではなく「担当大臣」
髙橋専務理事:極端に言えば、「食産業担当」という名前が誰かにつけばいいだけだと思っているんです。

ここがハブになって、「この仕事は厚労がやりなさい、この仕事は農水がやりなさい」と差配する。その一点がないことが、いちばんの問題だと思っているので。実は担当大臣を一人つくることが、多分いちばんの近道というか、目指さなくちゃいけないところだと思いますよ。
そのために、まずしなくちゃいけないのは足元です。産業として、外食がどれだけ国にとって重要な仕事であるかを示すこと。
外食産業で400万人[^13]、食産業全体で言えば1,000万人ほどが働いている。労働人口のうちの6分の1とか7分の1が働いているわけです[^14]。つまり外食は、労働者の受け皿になっているんです。
和田:その規模感は、業界の中にいる僕らでも改めて聞くとインパクトがありますね。
AIが進むほど、外食の役割は重くなる
髙橋専務理事:特に今、AIがどんどん進んでいって、ホワイトカラーの仕事はどんどんなくなっていくわけじゃないですか。その中で、ブルーカラーという言い方がいいのか労働者という言い方がいいのか分からないけれど、すごく重要な役割になってくると思っています。
ひょっとしたら、AIが進化してロボティクスも進んでくると「人々は何をするんや」となってくる。いずれそういう逆転が来るかもしれない。AIが人間を超えるのは2030年代だと言われていますけど、ひょっとしたらもう始まっているのかもしれない。
もう一つは、日本の胃袋の数が減ってきているのは誰しも分かっていること。しかも高齢化していくんだから、胃袋の数は減るし、一人あたりも小さくなっていく。そう考えると、海外の人たちにアピールすることがすごく大事になる。観光立国を謳っているのであれば、そういう人たちのための食産業庁をどう作るかという話になる。となると、観光庁や、たとえば外務省という領域にもなってくるんだろうなと思います。
旅館には旅館業法がある。外食にはない
髙橋専務理事:それをするまでにやらなくちゃいけないのが、法律です。外食業法がないので。
旅館には旅館業法があって、市場には市場法があるように、外食産業を規定する法律は実はないんです。整えなくちゃいけないところが、多分たくさん出てくるんだろうなと思う。だから今は、ルールのない世界で、まだまだギャーギャー言っているだけでしかない。政府、官僚の方からしても、一つの産業としてまだ認められていないのかもしれない。一応「外食産業は」と言ってくださってはいますけどね。
でも、僕たちがやっているのは街の灯りを作ることだし、人々が働く場所を作ることでもある。すごくいろんな意味で、要にいるんです。
どの団体も「外食産業の地位向上」と言いますけど、何が地位の向上なんだろうと考えると、やっぱり収入も上げなくちゃいけないから収益性を上げる、そのための法律を整える。そういう順番なんだろうな、というのがぼんやり見えてきた、という感じです。まだまだですけどね。

和田:経営者の方々は、食団連が立ち上がったことへの感謝がめちゃくちゃ大きいと思います。ぜひ食団連の皆様にはインフラを整えていただいて、僕らは僕らでミクロな世界ですけれど、いいお店を1店舗ずつ、いい人を一人ずつ作っていきます。
髙橋専務理事:居酒屋甲子園は、改めてすごく大事だと思っているんです。地方の人たちが声を上げるきっかけになったし、地方の飲食店がつながるきっかけになった組織なので。創業の大嶋(啓介)のもとに集まったのもすごいことですけど、あの時と比べたら今の世界は多分、誰も見えていなかったと思う。今の居酒屋甲子園が作っている世界観はすごいなと思いますよ。尊敬しています、本当に。
原点の一皿──京橋の、ナス餃子
和田:最後に、髙橋さんが思う最高の一皿を教えてください。
髙橋専務理事:最高の一皿。……それはさっき言った、この業界に入るきっかけになったナス餃子じゃないかな。ナスビの上にミンチが乗っているやつ。はっきりとした味は、あんまり覚えてないんですけどね。でも、それはすごく覚えてる。
和田:佐藤代表も、飲食に入るきっかけになったのは炊き出しの玉ねぎスープと「ありがとう」の一言だとおっしゃっていました。皆さん、原点は一皿なんですね。
「もうちょっと胸張ろうぜ、外食」
和田:居酒屋甲子園に限らず、いま飲食・外食を支えている若い世代へのエールがあれば、ぜひお願いします。
髙橋専務理事:やっぱり、自分の産業を蔑むような目で見なくていいんだろうなと。もうちょっと胸張ろうぜ、外食、というのは思いますね。
どうしても平均賃金のことで言われるじゃないですか。全産業が430万〜440万ぐらいで、外食産業は340万ぐらい[^15]。それがすごく低いと見られるけれど、これは年齢層が若いし、7割8割が非正規なので、どうしてもその数字になるだけ。僕は決して、外食産業が他産業に強烈に劣っているとは思わない。和田くんのところの店長なんかでも、その辺のサラリーマンに負けんぐらいちゃんと給料をもらっているわけですから。
他産業を知らないから「外食産業はまだまだ」と思っているだけで、僕たちが作る一皿や一杯は、お客様のお腹も心も満たす食事なんです。牛丼の一杯だってそう。だから絶対に、自分の仕事に誇りを持ってほしい。
今回の熊本の震災でも、外食の人たちはやっぱり熱いですよ。「出番が来た」と思うわけですから。昔で言えば江戸の火消しみたいなもので、「よっしゃ、出番や」と。ピンチが来たときにすごいなと思う。そういう熱いマインドを、日頃の自分の仕事でも持てたらもっといいんだろうなと思います。
視座は、どうやって上がるのか
和田:食団連を支えている方々は業界全体の利益が見える視座をお持ちですが、最初からそうだったわけではないと思います。若い世代の視座は、どうすれば上がるのでしょうか。
髙橋専務理事:自分の仕事に誇りを持つと同時に、自分のやっていることを俯瞰して見られるようにならないといけないと思いますね。支えてくれている人たちがいるから成り立っているので。
たとえば、うちが新橋でデリバリーをやっていたときの話。あれは売り先を探すより、ドライバーさんを探すほうが大変なんですよ。注文が入っても、ドライバーさんがいなければ届けられないので。じゃあどう集めるかと考えると、答えはドライバーさんをどれだけ大事にするかなんです。うちはドライバーさんのためにドリンクをいつも用意していたし、夏場は飴を置いていた。そうすると、ひっきりなしに来てくれるようになる。

目の前の利益はお客さんからですけど、そのお客さんを掴むために何をするかとなると、実は業者の方々がいちばんの宣伝板なんです。「あそこはいい」と酒屋さんが言ってくれたり、八百屋さんが言ってくれたりすることが、いちばんのプロモーションになる。だから、自分の目の前の人たちをどれだけ増やせるか。それが視野を広げるということなんだろうなと思います。
もう一つ、弱点で言うと──本当は目の前にいる家族を大事にすることも大事なんですけど、ここが苦手な人が多いなと思いますね。自分がいて、家族がいて、会社があって、地域があって、業界がある。外側から順番に大事にしていく人が多いんです。もっと自分自身を大事にするという、両方の視座を持たなあかんのやろうなと思います。
取材を終えて(和田)
「外食には業法がない」。この一言が、今回の取材でいちばん重く残りました。ルールがない世界で声を上げ続けることの難しさと、それでも担当大臣という一点に照準を絞る現実的な戦略。そして最後に出てきたのが、法律でも制度でもなく「目の前の人を大事にしろ」という話だったことに、この方の一貫性を見た気がします。僕らは僕らのミクロな現場で、いい店といい人を一つずつ作っていきます。全3回、ありがとうございました。
出典・参考文献
[^13]: 飲食業は約400万人の雇用機会を創出し、労働者に占めるパート・アルバイトの割合は約8割、事業者の98%が資本金5,000万円未満の中小事業者。農林水産省・厚生労働省「省力化投資促進プラン ―飲食業―」(2025年6月13日) https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/shouryokukatousi/01.pdf
[^14]: 総務省「労働力調査(基本集計)」2025年平均の就業者数は6,828万人。労働政策研究・研修機構(JILPT) https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/chart/html/g0006.html ※本文の「1,000万人」「6,500万人」は髙橋氏の発言に基づく概数
[^15]: 国税庁「令和6年分 民間給与実態統計調査」では、1年を通じて勤務した給与所得者の平均給与は478万円、業種別で最も低い「宿泊業,飲食サービス業」は279万円。 https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/minkan/gaiyou/2024.htm ※本文の数値は髙橋氏の発言に基づく概数